ブロックチェーンがもたらす破壊的なインパクトとは?その影響範囲は金融業界に留まらない。「インターネット上に存在する組織を自律分散的に運営する」「これまでの会社のあり方は変わる」その可能性を語るジャック・デュ・ローズ氏、講演レポートをお届けする。
近年、急速に注目度が高まりつつあるブロックチェーン技術。仮想通貨ビットコインを支える中核的な技術のひとつであり、どちらかと言えば、FinTechの文脈で語られることが多かった。だが、その破壊的なインパクトは金融業界の枠にとどまらず、ありとあらゆる産業構造を根本的に変革する可能性を秘めている。
実際、経済産業省によれば、ブロックチェーンの市場規模は67兆円と試算されている他、『WIRED』におけるブロックチェーン特集でコラムを寄稿しているDon Tapscot(ドン・タプスコット)も、ハーバードビジネスレビュー誌において、以下のように語り、ブロックチェーン技術には計り知れないポテンシャルが秘められていると主張する。
「今後の10年間において、ビジネスのあり方を最も変える可能性が高いテクノロジーは何か。ソーシャルウェブやビッグデータやクラウドではない。ロボティクスでも、人工知能でもない。その答えは、ブロックチェーンである。ビットコインのようなデジタル通貨を支えるテクノロジーだ」
参考:https://hbr.org/2016/05/the-impact-of-the-blockchain-goes-beyond-financial-services
あらゆる産業に破壊的な影響をもたらす可能性を持つブロックチェーン技術。その最新の動向を追うべく、今回は、英国に本拠を置くスタートアップ企業Colonyの創業者として知られるJack du Rose(ジャック・デュ・ローズ)氏の講演内容を踏まえ、いくつかの考察を試みる。
※10月に開催された、「WIRED CONFERENCE 2016「FUTURE DAYS」講演よりお届けいたします。
[登壇者プロフィール]
Jack du Rose(ジャック・デュ・ローズ)/Colony創業者兼最高経営責任者。分散型ネットワークを活用し、インターネット上に存在する組織を自律分散的に運営することで注目を集めている。元々は宝石デザイナーとして活躍しており、ダミアン・ハーストが2007年に発表した「For the Love of God」の製作で話題をさらった。
デュ・ローズが運営するColonyとは、一言で言えば、分散型のプラットフォームであり、ブロックチェーンを活用することで、インターネット上での組織の自律的な運営を可能にするものだ。
「信用」「信頼」「価値」を分散型で担保するオープンなプラットフォームであるColonyは、分散型の企業や非営利組織の概念を提唱しており、「会社」のあり方そのものを変えうる可能性を秘めている。
それは「ソーシャルコラボレーションプラットフォーム」と言い換えることも可能だ。利用方法としては、たとえば「Webサイトをつくりたい」と考えたとき、そのWebサイトをつくるための「Colony」を立ち上げ、デザイナーやエンジニアなど参加者を募るというもの。「Colony」に参加するか、立ち上げるか。このどちらかで利用ができる。
これだけを聞くとクラウドソーシングを思い浮かべるが、大きく違うのは、その対価・報酬と意思決定のあり方だ。
自律分散型のガバナンスの重要性を指摘するデュ・ローズは、フリーランスをマネジメントするための方法として「ブロックチェーン」が有効だと指摘する。ジョブのアサイン、組織の意思決定に分散型ネットワークを活用するというわけだ。つまり参加者同士が直接つながり、提案と投票によって意思決定がなされる。その「Colony」への貢献度に応じ、民主的に評価される真にフラットな組織を志向する。
ちなみに、デザインやプログラミングといった作業への対価は、Colony内の独自のトークンで支払われるそうだ。トークンは企業の株式のように「Colony」の所有権を表すもので、現金と取引することができる。
Colony(コロニー)と似たような組織形態を持つ企業としては、Consensys(コンセンシス)という企業がある。同社においても、Colonyと同じく、上下関係がなく、コラボレーションに近いやり方で、自主的に仕事を決定し、実行する組織形態を有している。
Consensys(コンセンシス)は、ブロックチェーン技術に関連する画期的なサービスをいくつか提供しており、興味がある方は、さらなる調査を試みるのも良いかもしれない。
また、デュ・ローズの講演で特に興味深かったのは、1991年にノーベル賞を受賞した経済学者、Ronald Chose(ロナルド・コース)の論文を引用しながら、「そもそも企業とは何か/企業はなぜ存在するのか」という点まで議論を掘り下げた上で、自身の経営するColony(コロニー)の分散型のガバナンスシステムの有効性について説明していたことだ。
ロナルド・コースは米国の経済学者で、1937年の論文「企業の本質」のなかで、企業が存在する理由は取引コストを効率化するためだと主張した。取引コストとは、人と人とが取引する上で必要になるコストのこと。具体的には、検索コスト、契約コスト、調整コストの3つが挙げられる。プロジェクトに取り組むたびに、人を探し、契約し、諸々の調整を行うのは途方もなく骨が折れる。だからこそ、企業という形であらかじめ人材をプールさせておき、余分なコストがかかることを回避しているのだ。これがコースの言う取引コストの効率化である。
単純な作業であれば、ヒエラルキー型の従来型の企業は組織形態として申し分のないものだった。
しかし、世の中は変化し、一人一人にクリエイティブでイノベーティブな働き方がますます求められるようになってきている。デュ・ローズの考え方は、新しい時代の企業のあり方をいち早く体現しようとするものだ。
ちなみに、同様の指摘が「Blockchain Revolution:How the technology Behind Bitcoin Is Changing Money,Business,and the World(著:Don Tapscot/Alex Tapscot)」の第4章で行われているので、さらに理解を深めたい方は是非ともチェックしてみて欲しい。
個人的な意見だが、デュ・ローズが主張する分散型のガバナンスシステムが、世の中の一般的な企業に対して今すぐに適用可能かどうかについては、微妙なところだ。
しかし、デュ・ローズが掲げる21世紀の企業のあり方についてのコンセプトは、企業の本質的な存在理由に照らし合わせても、十分に理にかなっており、注目に値するものだ。オープンで開かれたガバナンスシステムは、率直に言って、これからのネットワーク型の社会に非常にマッチしているように思われる。
実際、ホラクラシーという組織のあり方が米国で注目を集めており、中央集権的なヒエラルキー構造を排除したフラットで機動的で分散的な組織のカタチが市民権を得つつある。ブロックチェーンがその潮流を加速させる可能性は十分にある。ヒエラルキー構造を排除したグローバルにつながった個人の分散的なネットワークが、新しい世界を形づくるのだ。インターネットは無数の人々に無数の機会を与えたが、ブロックチェーン技術の出現で、その流れにますます拍車がかかるのかもしれない。
デュ・ローズの掲げるコンセプトは非常に革新的で、現時点においては、なかなかイメージが湧かないかもしれない。しかし、今後のブロックチェーン技術活用の究極的な応用例としての「自立分散組織」の出現可能性については、頭の片隅に置いておいても損はないだろう。
先程述べた通り、デュ・ローズが掲げる「分散型ガバナンス」のコンセプトを、一般的な企業が今すぐに取り入れるのはなかなか困難な作業だろう。
しかし、コーポレートガバナンスの観点から、ブロックチェーン技術を活用し、中央集権的な仕組みを排除した分散型のガバナンスシステムを構築することで、企業経営の透明性を向上させる試みは、多くの企業にとって意義深いものであり、取り入れる価値があるものと思われる。
実際、ブロックチェーン技術でコーポレートガバナンスを向上させるためのリサーチはいくつか行われている。ここからはいくつかの事例をもとに、その可能性について考察していきたい。
ニューヨーク大学のDavid Yermack(デイビッド・ヤーマック)が中心となり、全米経済研究所によって発行された報告書によれば、ブロックチェーン技術は1933年、1934年の米国証券法以来のコーポレートガバナンスに変化をもたらす最も重要な実現要素とされる。また、ブロックチェーン上に有価証券を登録することによって、より速く、より安価な取引の実行が行われるようになり、ブロックチェーン上のすべての取引がネットワークから閲覧できるようになることによって、より透明性の高い取引がもたらされると指摘している。
参考:http://www.nber.org/papers/w21802.pdf
また、ブロックチェーン上に株式を発行する試みについては、米Overstock(オーバーストック)社が、ブロックチェーン上で株式を発行する取り組みを開始するようで、こちらも要注目だ。
参考:http://www.reuters.com/article/us-overstock-bitcoin-stocks-idUSKCN0WI2YA
さらに踏み込んで言えば、粉飾決算を含むビジネス上の不正全般を未然に防止するために、ブロックチェーンを活用し、中央集権的な仕組みを排除し、取引の透明性を高めていくことで、そもそも、経営者が不正を行うことができない仕組みをつくることを求める議論も現れてきており、こちらも要注目だ。
実際、コーポレートガバナンスの面で、先進的な取り組みを行なっていた企業が、不祥事を起こした例も枚挙に暇がなく、社外取締役を取締役全体の過半数に増やしたところで、根本的な解決策にならないことは明白だ。そこでブロックチェーン技術を活用した分散型ガバナンスがカギとなる。
経営者の道徳心を高めるのもひとつの方法だろうが、究極的な解決策のひとつとして、ブロックチェーン技術を活用した分散型ガバナンスの概念が、今後注目されていく可能性は大いにありうるだろう。
色々と述べてきたが、ブロックチェーン技術自体について言えば、同技術はインフラ面を始めとして、数多くの部分で未熟さを抱えている技術だと言われている。(参考:https://joi.ito.com/weblog/2016/06/14/-the-fintech-bu.html)
また 、仮に量子コンピューターのような類の物が出現した場合、思わぬ形で暗号技術が破られる可能性もある。ブロックチェーン技術を万能薬のようにみなすのも危険だろう。
重要なことは、そういったネガティブなシナリオも考慮しつつ、現状のブロックチェーン技術が抱える課題をしっかりと認識した上で、ブロックチェーンがもたらす「イノベーティブで非中央集権的な分散型社会の可能性」について思いを馳せることだ。
さらに、最後に蛇足になるが、ブロックチェーン技術は企業経営のみならず、国家レベルのガバナンスのあり方さえも変えてしまう可能性がある。実際、エストニアや英国を始めとして、いくつかの政府・中央銀行はブロックチェーン技術の活用に向けて本格的に動き出している。
今後は、国家・中央銀行レベルでのブロックチェーン活用の動向についても入念なウォッチが必要だろう。
文 = 勝木健太
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